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つげ櫛職人歴69年
手づくりの本質は技術と言葉で魅せる

ヘアコラム

2016.05.02.Mon

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 一度試したら二度と手放せない櫛と出会った。髪の毛の一本一本が櫛に包まれる初めての感覚、頭皮に触れる櫛のやさしい感触、指通りの心地よい仕上がり。髪に櫛を通すという何気ない日常の一コマが、絶対に欠かせない大切なルーティンへと変わる。

日本で唯一の手づくりつげ職人

 一家に一枚。いや1人に一枚は必ず持っているであろう櫛。今やそのほとんどは、機械でつくられた大量生産型の櫛が占める。そんな中、69年間という長い月日を、手づくりの櫛に懸けた生粋の職人がいる。その方が今回ご紹介するつげ櫛職人の廣島政夫さんだ。廣島さんは東京下町の柳橋にある櫛屋のもとで生まれ、12歳の頃から職人として修業をスタートした。創業200年を超える櫛屋の7代目として『廣島つげ櫛店』の看板を背負っている。

「つげ櫛屋のもとに生まれたから後を継ぐのは当たり前。他に選択肢を考えたこともなかったよ。修業を始めたころは、仕事なんかしないで遊びたいって思ってたね。でも父が18歳の頃に倒れ、生きていくためには働くしかなかった。つまりは生の理。この69年間は生の理に従って、何かを背負うことなく、自然体のままつげ櫛と向き合ってきたんだよ(廣島さん)」

 廣島さんがつげ櫛職人として働き始めた当初はつげ櫛も分業制だった。歯を挽く人、歯を磨く人など、8つに分業されていたが、徐々につげ櫛の需要が減少し、昭和17年頃には60名以上いたつげ櫛職人も、戦後は半分以下にまで減ったという。そのためか、今までは歯を挽く職人だった者も、全工程を1人で作業しなければならない状況へと変化したのだ。そんな時代の風潮に揉まれながらも、現在もすべての工程を手づくりで行うつげ櫛職人は、日本で廣島政夫さんだけであろう。

手づくりから生まれるつげ櫛の魅力

 つげ櫛の材料となるツゲは、ツゲ科ツゲ属の常緑低木で主に西日本(御蔵島や鹿児島県など)の暖かい地域に分布している。その特徴は極めて堅く、粘り気が強いため、元来から細工物の材木として親しまれていたという。1本のツゲが成るには大よそ300年の年月がかかり、大変高価な材としても有名である。

 そんな材でつくり上げたつげ櫛とは、いったいどんなものなのか。廣島さんが手がけた数々のつげ櫛を見てみよう。

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 写真を見て分かるように、櫛の歯と歯の間にほとんど隙間がない。これまでの細かい歯を挽けるのは手づくりならではの魅力であり、廣島さんの腕の凄さである。1cm幅の間に13本の歯があるつげ櫛は日本国宝とされており、廣島さんは1cm幅の間に20本もの歯をつくることができる。1cm20本の歯入れのつげ櫛に成功したのは平成20年。廣島さんが72歳のときだった。

 そんな誰にも真似できない技術を持った廣島さんのつげ櫛は、ひと櫛通しただけでもわかるほどの凄さがある。歯入れが細かいほど櫛に髪の毛が吸い込まれていくような不思議な感覚を覚え、櫛を通した後も驚くほどキレイでサラサラな仕上がりとなる。髪を結んだ跡も、何度か櫛を通せばまっすぐになるほどだ。表面の髪の毛だけでなく、奥の髪の毛まで包み込んでくれる安心感と心地よさは手づくりのつげ櫛でしか味わえないだろう。

 そしてつげ櫛の品質の高さを上げるもう1つの材がある。それは、つげ櫛に命を吹き込むツヤを出す工程で使われる椿油だ。つげ櫛に輝くばかりのツヤを与え、つげ櫛の手入れにも欠かせない重要な存在である。廣島さんが愛用している椿油は、高田製油所の「三原椿油」というものであり、古典的な大変手間のかかる工程で丁寧につくられている。食用としても使うことができる、身体にも髪にもやさしい椿油なのだ。その椿油と廣島さんの技術によって完成するのが写真のような数々のつげ櫛となる。

受け継ぐ技術と深化する技術

 手づくりのつげ櫛の歴史は5000年、機械は100年と言われており、手づくりの歴史がどれほど深いものかが分かる。すべての工程を入れると約40工程もある手づくりのつげ櫛は、使用する道具も何十種類もあり、ノコギリだけで15種類にもなるという。しかも、使う道具すべてが廣島さんお手製というのも驚きだ。「いかにして道具を手になじむようにつくるか。つげ櫛は単なるその結果にすぎない」とまで廣島さんは語っている。そこで、この道69年の廣島さんの手仕事を少しだけお見せしよう。

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 まず製材されたツゲ櫛を適正な方法で処理した後、つげ櫛の大きさや厚さを決め、カンナやノコギリを巧みに操り全体の形を整えていく。そして歯をつくる作業に入るのだ。最初はハワリと呼ばれる歯の土台をつくる工程から入り、歯挽き用のノコギリで表・裏の両面から交互に挽いていく。髪の毛の奥まで櫛が通るように歯の頭を丸くなるように。そして肘を一定の高さに保ち、内側にも外側にも歯が逃げないようにまっすぐと。

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 何種類ものノコギリを使用し歯を挽いた後、髪の毛がスムーズに通る仕上げ作業へと進む。ノコギリで引いた後の表面はざらざらしているため、櫛を通したときに髪が切れないようにつくり込むのも重要な作業だ。

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 トクサと呼ばれる表面がザラついた植物で歯と歯の間を滑らかにしていく。ここでサンドペーパーを使って仕上げると、髪の毛が引っかかり切れてしまう恐れがある。トクサは砥草とも書き、漆器づくりの工程など、さまざまな研磨の場面で用いられてきた。人工の道具では得られない、表面を滑らかに仕上げてくれる天然のヤスリだ。ツゲを傷つけることなくキレイに仕上げてくれる。そしてつげ櫛の表面もトクサで整え、ツヤ出しの最終工程に入る。

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 表面を浮造(うづく)りで滑らかに仕上げ、鹿の角でさらに磨き上げる。そして椿油に2~3日付け込めば完成となる。40工程もある作業のほんの1部の紹介となるが、作業の細かさとこだわりが伝わってくるだろう。これが代々受け継がれた技術と廣島さんが独自で開発された技術の賜である。

職人としての生き様

 たたみ4畳ほどの狭いスペースで寡黙に腕を走らせる職人。息もできないほどの緊張感の中、丁寧につくり上げられている日本伝統工芸品のつげ櫛は何と幸せなことだろう。長い歴史を持つつげ櫛の素晴らしさを、手づくりという形で表現し続けている廣島さんの職人魂は言葉でも魅せられた。

「人生は常に修業。どんなに腕が上がってきても決して驕っちゃいけない。だって道具や材料の方が僕より何年、何十年、何百年と先輩でしょ? だから仕事は辛くて当たり前なんだよ。でも仕事で辛い思いをたくさんしているとそれ以上に厳しいことはなくなる。だからどんな時でも人にやさしくなれるようになるんだよ」

「ノコギリを挽く音が子守唄のようになった今、仕事をすることが楽しくてしょうがない。一生現役!」と笑顔で語ってくれた廣島さんの姿はとても輝いていた。

取材協力 廣島つげ櫛店 廣島政夫さん

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